2009年9月15日火曜日

ケイラブ・ハービーさん

夏休みから今まで

   今年の夏休みはあまり休みがありませんでした。夏休みにたいてい家にいました。それでも、時々住んでいる町の外に行きました。五月の初めにルームメートと新しい家具を買うためにシカゴにあるIKEAと言う店にはじめて行きました。ルームメートの寝室(しんしつ)のためにたくさん家具(かぐ)を買いました。そのあと、私は寝室の壁(かべ)に大きい絵を描きました。その月にウィイを買ってたくさんゲームをしました。とても楽しかったです。一番好きなゲームは何かまだ決めていません。子供の時から英語で「Super Smash Bros」と言うゲームが好きですから新しいウィイのは一番好きかもしれません。
 本当にやりたい仕事は歌集だから、一番大切な趣味は音楽を書くことです。それから、たくさん音楽を書きました。たいてい英語で歌いますが、一度韓国語でも歌って試(ため)しました。そのあと、たくさんの韓国人がイメールやコメントを私に送ってくれました。ほかにも韓国語の歌を歌って試したいです。そして、日本語で歌を書いて試したいです。日本語を練習するために日本人二人とあって話しました。週に二度会いました。今、日本語で前よりもう少し早く話せると思います。キャンパスの近(ちか)くに住んでいるから、お父さんとお母さんは私の家に来て一緒にキャンパスに行きました。そのあとで、一緒にタイレストランで昼ご飯を食べました。
 八月にインヂアナポリスに行きました。「Cheesecake Factory」と言うレストランで初めて食べました。食べた物はとてもおいしかったです。もう一度行きたいです。一週間後、隣(となり)の「P.F.Chang’s」と言うレストランで初めて食べました。そのレストランもとてもおいしかったですが、「 P.F.Chang’s 」より「 Cheesecake Factory 」の方が好きです。その後、大学のクラスが始まりました。私はまたがんばります。

ケリー・ファンさん

今年の夏休みは少し疲れました。妹も同じ時間を終わったから、五月の試験後で、私とシンガポールに帰りました。仕事を始めたの前に、五日間しか休暇があった、むっかそうようの感がありました。でも、お母さんは「若くないから、じむのする方をわからなければいけません」と言った、そして、ストクスの会社に働きました。大切な仕事から、何もをしていけないし、インターンだし、六月末を辞しました。

夏休みの中に、台湾と上海とロスアンジェレスに行きました。お爺さんはもと病気になったから、よることにしました。来たの時、お爺さんはとてもうれしかったから、もっと来ればいいと思いました。だから、台湾に行ったことは三回で、上海に行ったことは二回でした。お爺さんによったから、友達と会わなくたが、たくさんおいしい食べ物を食べたから、だいじょうぶだったと思います。

七月の中で、私とお母さんと妹と友人は一週間にロスアンジェリスへ行きました。たくさんショッピングをしたり、いい食べ物をたべたり、テームパークの全部ローラーコースタをしました。とても楽しいです。それから、或る夕飯、「モーガン・フリーマン」という有名アクタは同じレストランに食べました。それに、ロスアンジェリスで叔母さんの家に住みました。マイカル・ジェックションの家は近いから、死の日、私達は家に見に行った、悲しくて、花をおきました。私の誕生日はこの月にても、たくさん有名人を死んだが、うれしくないになりました。

シンガポールにいたの時、たくさん友達と会いました。いくつ人はシンガポールに住んでいたか、外国で大学に勉強をしていたか、見にくいから、多い会うのがあるました。シンガポールに、十八歳にいたら、お酒を飲んでもいいです。ですから、クラブへ何度も行って、たくさんお酒を飲んで、時々気分が悪くても、楽しかったと思います。おもしろい人に話しかけた後で、新友人を作りました。
この夏休みはいじょうじゃないけれど、一番大切な点は楽しかったと思っています。

2009年9月13日日曜日

レン・ユーさん

私は、夏休みに上海に帰り、中学の友達と同窓会をやりました。私は、今、四年生だが、
一年生の時と二年生の時の夏休みに家に帰りませでした。この二つの夏休みに、パデュー
大学で授業を取りました。今年の夏休みは私の指しぶりな長い休みので、とても楽しかっ
たです。
同窓会で、みなに会い、あいさつをしました。私はみなと長い間に会わないので、みなは
多少印象の中と変わりました。ええ、~さんこなったと同窓会でよく聞きました。中学の
時に、日本から帰り、私より二歳大きいシンさんという転校生がいました。シンさんは、
そうの時に、教室の後列で私の隣に座り、私と同じぐらい高さだった。しかし、私は背が
とても高くになったが、シンさんはぜんぜん変わりませんでした。初めて逢った時、シン
さんはすごく驚きました。
あいさつをしたら、みな一緒にカラオケに行きました。私は普段ポップミュージックが聞
きず、歌がぜんぜんだめでした。しかし、女性の友達は歌うことがとても上手でした。そ
うの人たちの中に、マオさんという人が一番いいと思いました。マオさんは様々な曲がう
まくうたいました。たぶんよく練習しでいたかなと思いました。やはり、せっかくな同窓
会ので、私も何曲を歌いました。私はうたった曲は北斗の拳のオーペンニング「愛を取り
もとせ」やセイント星矢のオーペンニング「ペガサスの幻想」。私は、「ュはショク」とい
う歌詞がとてもハイピッチでうたいました。少し声がおかしいので、みなに笑われました。
そうして、「抱きしめた、心のコスモ」という歌詞を歌いながら、燃えりました。
歌をうたったら、中学のクラスメートと韓国料理の店に行きました。釜山という焼肉屋で
みな一緒においしい牛肉を食べました。そうのクラスメートたちに、今どこに勉強してい
たと聞いたら、3人がアメリカで留学すると2人がイギリスで留学すると2人がオースト
ラリアで留学すると答えました。
そうの後、同窓会が終わりました。

ミサ・パークさん

家族旅行
私は夏休みに韓国に行きました。パーデュで1ヶ月間サマークラスをとったから6月に韓国へ帰りました。私が韓国に着いたごろはとてもあついでした。暑く過ぎて私の家族は7月に家族旅行へ行くことになりました。私の家族はみんな温泉が好きで夏にも冬にもよく行きます。去年の冬休みには温泉に行くために日本の北海島へ行ってきました。日本みたいに韓国にも有名な温泉がたくさんあります。それで、私たちは温泉旅行をすることにしました。韓国は小さい国だから車でどこでも行きやすいです。
私の父は韓国で一番大きいお湯のプールがあるコンドのメンバだから、一番経験がいい部屋に予約することができました。そのコンドは“スパーケスル”という新しいコンドでした。ソウルからあまり遠くないので車で2時間ぐらいかかりました。人たちがこんでいましたが、わたしはプールでは人が多い方が楽しいと思いました。私と妹と弟はとてもたのしくてプールの中をずっとまわったり、ダイビングをしたり、およぎました。一番好きなのはやはりプールのスライドでした。私は妹と弟と何度も乗りました。それを乗るときメットみたいなものの上に座って乗らなければいけないですが、私がまちがって子供用のメットを持って行ってあそこではたらいていたおじさんに“中学生ですか”と聞かれたら妹に笑われてはずかしいでした。5回ぐらいスライドを乗った後、プライベットプールに行きました。あそこはプールの2階にある場所でした。1時間私の家族だけ入れました。そこにはいろんなタイプのおふろがありました。例えば、ローズのにおい、レモンのにおい、緑茶のにおいがありました。私の家族だけ静かなどころでいろんな話しをしながら楽しいじかんを過ごしました。ふつうには父が仕事で忙しいから多くの話をする機会があまりなくて、とても大事な時間を父と家族みんなと過ごしたと思いました。その後、プライベットプールを出て、そのの隣にあるテェラフィールムでマッサジーをうけました。私と妹はココナットスクラブをうけました。においがあまくてやわらくてとてもよかったんでした。温泉に入った後はいつも気持ちが最高です。肌がきれいになってうれしいでした。
私たちはよるの6じごろプールを出ました。7時間ぐらい遊んでコンドに戻りました。そしてコンドの部屋で焼肉を作って食べました。家族みんないっしょによるご飯を準備しました。何でも家族みんなでいっしょにするのは意味があると思います。韓国式の焼肉はどてもおいしいでした。その時、ぐうぜんそとで花火をしました。コンドのイベントでした。わたしたちはきれいな花火をみながら焼肉を食べました。今度の夏休みの最高の瞬間でした。

アレックス・ネルソンさん

私の夏休み

私の夏休みの始めはとてもつまれないですよ。なぜならば私はパデュー大学に泊まることにしたからです。アルバイトをさがすためにパデュー大学の泊まりました。だれも私をやとってくれなかったので、アルバイトができませんでした。私はまだアルバイトをさがしている。けれども、七月の終わりに二週間ぐらい、私のガールフレンド、えりな、がアメリカへ来たので、私の夏休みはよくなりました。えりなは日本人で大阪から来ました。ふつうのカップルのように毎日会うことが出来ません。
えりなは四ヶ月前に旅行を予定していました。この前の時えりなに会ったのは春休みです。私はえりなに会うことをとても楽しみにしていました。私はえりなとスカイプを使って話ます。でも会うほうがずっとずっとよいです。えりなは火曜日の晩オヘア空港に着きました。私はうれしかったです。水曜日、えりなが時差ボケだったので、私たちはなにもしませんでした。木曜日に私たちはカブスゲームに行くました。一日の始まりはよくなかったです。私たちはシカゴに行く電車に乗ることができなかったので、私はリグリーフィールドまで車で運転しました。私はシカゴに車で運転したのは初めてでした。事故があったので、車が遅かったです。私たちはゲームが始まる二十分前にリグリーフィールドに着きました。私たちはチケットを持ってなかったので、私たちはそこでチケットを買う予定でした。チケットは高かったです。安いチケットはスタンディングルームオンリーでした。私たちは安いチケット買って空いている席に座席に座りました。カブスはかちました。けれども、次の週の木曜日はさいこうの日でした。木曜日に私たちは「ビッグデート」にシカゴへいきました。私たちは九時にシカゴに着きました。私たちはミュージアムパークに行きました。三つのミュージアムが近くにあります。最初にシェッド水族館に行きました。水族館はとても楽しかったです。私たちはすべてみて、四時間ぐらい水族館にいました。その後でアドラープラネタリウムに行きました。私はうちゅうが好きですが、えりなは好きではないと思います。しかし、えりなは「プラネタリウムに行きたい」と言いました。二時間ぐらいプラネタリウムにいました。次にフィールドミュージアムに行きました。ミュージアムはつまらなかったので私たちは長い間にいませんでした。私たちはワォータータクシーに乗ってネイビーピールに行きました。晩ごはんの後でかんらんしゃに乗りました。デートは終わりました。パーフェクトな一日でした。金曜日にパデュー大学に行きました。土曜日にキャンパスへ行ったら、さくらい先生に会いました。私はとてもびっくりしました。火曜日にえりなは日本に帰りました。私はずっとずっと悲しかったです。私はさいこうの二週間を過ごしました。

ピーター・ストックウェルさん

   今年の夏休にパーデェ大学にいました。大学でびじゅつのクラスを取りました。私の専攻はグラフィクディサインですから、Foundations of 3-D Designを取らなければいけませんでした。毎日、毎日たくさん宿題をしました。いろいろポロジェクトを作らなければいけませんでした。フォームやかみやアルミなプロジェクトを作りました。カメラややなぎやはくちょうや作りました。プロジェクトはむずかしじゃなかった、でもふくさつたようでしたよ。そうですから、ひまな時がありませんでした。毎週パァオビルで何時も働くことになりました。私はよく一時もねたことがありません。
一週間一度にコンピューターラブにいきました。コンピューターラブでコンピューターアニメを作りました。このプログラムが使いにくいでも、私はこの夏前にこのプログラムをつかいましたです。だから、私はクラスメイトをてつだいました。
このクラスでいろいろ生ととあいました。たくさん友達を作りました。みんながおもしろくて、あたまがいいでしたなぁ。みんなのプロジェクトがうつくしくて、おもしろいでした。このクラスの先生がかっこいでした。毎日しんせつなくて、ゆうようなくて、おかしいでした。
   このクラスは七月にはじめまして、八月におわりました。八週間ぐらいがいました。毎週二十じ間ぐらい宿題をしなければいけませんでした。でも、このクラスはおもしろくて、たのしかったです。この夏休みがちょとつまらなかったでした。でも、このクラスを取らなければいけませんでしたから、だいじょうぶですね

アイサ・ファンさん

・私の夏・
私はこの夏、パーデュー大学で数学のクラスを取ってました。“この夏は学校だけでこんな風に終わってしまうのかな。。。”と父に愚痴をこぼしてたら、“来週、仕事の都合でニューヨークに行く予定だが、一緒にニューヨークへ行くかね?”と誘われました。私はニューヨークへは行った事が無いので、これはいい社会勉強になるなぁと思い、喜んで行く準備をし始めました。
   ニューヨークへ行く日は、丁度クラスが終わる日でもあったので、急いでインディアナの空港へと向かいました。二時間の飛行の後、午後六時半にジョン F ケネデイー国際空港に着き、地下鉄に乗りかえって、ヒルトンホテルで父と合流しました。次の日は朝早く起きる予定だったので、すぐ寝てしまいました。
   次の朝、私と父はニューヨークの地下鉄に乗り、見物に出かけました。ニューヨークの地下鉄はとってもうす暗く、ちょっと気持ち悪かったです。ところが地上に出るとまるで違う世界みたいだった。ニューヨークの第一印象はやはりビルがすごく高く作られ、人もいっぱい歩き回っていて、東京並みの都市です。“すごい”としか言えなかった私でしたが、父は何度もニューヨークに来ってましたので あまり動じてないみたいだ。自分の中でなんだかインディアナが田舎っぽく感じました。
   道の両側をよく見れば ファションのお店がずらり並んであり、ほかに宝石屋、ブランド品のお店、本屋、ホットドグの屋台もいっぱいありました。買い物がしたいならニューヨークで買えないものはないと言うが、なんだか納得できます。服やアクセサリーに興味がないと言うのは嘘だが、私がもっともしたかった事が三つありました。まずは、やはり自由の女神に登ることです。現地に着くとショックでした。自由の女神は小さい、エリス島と言う島にあるので、歩いて行くのは不可能。普通は船に乗って行くものだが、船の前の列がまるでデズニーランドのアトラクション並みの列だったので、普通に待ってたら丸一日は潰れてしまうだろう。結局自由の女神に登ることはできなかったが、実物が見れただけでも満足はしました。
   二つ目はエンパイア・ステート・ビルディングに上る事です。このビルは1930年に建てられ、晴れた日にはニューヨーク市を見渡せれると言われている。実際登ってみたら、やはり人混みが多く、風もとっても強かった。上から、普段テレビや映画で見るニューヨークの夜景を自分の目で見れることが出来ました。 帰る前の日に、最後でニューヨークで見たかったのは世界でも有名なブロードウェイショーでした。色々なミュージカルを公演してました中で、最も人気のある“ライオンキング”のチケットは一人約三百ドルまで上がってました。よく考えたらお金が足りなかったので、“ナイントゥファブ”と言うショーに決めました。“聞いた事の無いミュージカルだからつまらないに決まってる”と思いましたが、最後までおもしろく見てました。やはりプロの芝居、歌、ダンスには感動しました。
短い旅行でしたが、ニューヨークでいっぱい楽しい思い出が作れました。

ジュリー・リンさん

私の夏休みについて
   私は楽しいなつやすみを過ごしました。夏休みは5月から8月までです。夏休みにはずいぶん暑いので、私はよく外出せずに家にいた。学校がいかないで、毎日遅く起きました。アルバイトをすることにしたが、景気が悪いので、仕事を探しにくいでした。夏休み間、わたしは、シカゴとセントルイスに行いて、お母さんの家事をてつだって、私と妹はモールへ一緒に買い物に行きました。
   一年間中で、六月は私の一番好きな月でした。この月私の誕生日があるんでした。私の家族は、今月パーティーを持つことにしました。この日の朝、妹は誕生日ケーキを彼女が予約していたピックアップに行いて、お母さんはたくさんたべものを作っていました。私は、テーブルと部屋をセットアップする必要があります。姉は仕事をしているが、彼女はパーティーには、仕事の後に来るされます。誕生日パーティーは私の家族のためなので、飾り物をたくさんする必要はありません。午後、スーパーマーケットにいけなければならないで、飲み物をかいました。パーティーは午後六時ぐらい始まって、時間があった、少し寝ていました。午後六時、パーティーがはじまった、ケーキをたべて、お母さんとお姉さんと妹は誕生日プレゼントをくれました。また、お母さんは誕生日の麺を食べる伝統て気菜伝統的なと思うので、スープ麺を食べました。パーティーに後で、わたしは贈り物を開けていました。お母さんの贈り物を開けた、赤い封筒の中に100ドールがありました。妹の贈り物を開けた、キヤノンのカメラがありました。わたしはいつも新しいカメラがほしいんですが、これはとてもうれしいでした。最後、お姉さんの贈り物をあけた、 新しいノートパソコンがありました。これはびっくりした。わたしはこれがとても感動しました。
   私は夏休みの三ヶ月は長くないと思った。夏休み間、いろいろことをした、とても楽しいと思いました。

マデリン・セピースさん

私の夏休み
   私の夏休みはつまらないでした。ほとんどの時は本を読みました。私はたくさん本とまんがを読みました。でも、私はインディアナビーチと言う遊園地を行きました。また、インデイアナビーチにやえいしました。だから、私の夏休みはおもしろくないでした。
さいしょの三周間にインターネットでまんがを読みした。だけど、私の母はコンピュータを使いたかったです。ですから、母はコンピュータを使うように母は私に図書館に連れて行くことにしました。図書館にたくさん本とまんがを借りました。「ヤムトナデシコ七変化」 と言うまんがを初めで読みました。私もたくさんダリン・シャンの本を読みました。「Cirque du Freak」 と言う本読んてから、ダリン・シャンの本に興味を持つようになりました。また、さいごにリーモニ・スニケットの 「A Series of Unfortunate Events」と言う本を終えりました。私の夏休みはおもしろくないでした。
夏休みの終わりに私の家族はインディアナビーチと言う遊園地行きました。年会を行ったので、母はインディアナビーチに行きませんでした。だから、私の父と私の弟と私だけ遊園地を行きました。ゆえいちで泊まることにしました。また、父はたくさんジャンクフードを買いました。たのしいでした。けれども、たくさんジャンクホードがあって、とても食べられませんでした。また、テントに寝にくいでした。だけど、たのしいでした。また、遊園地で弟とたくさんローラーコースターを乗りました。私の父は私にネックレスをくれました。私の休暇は楽しいでした。けれども、母にインディアナビーチに行ってほしいんでした。休暇の後で父は私にウェストレフィレト連れて行きました。
   私の夏休みはおもしろくないでした。ほとんど本とまんがを読みました。でま、インディアナビーチと言う遊園地に行きました。インディアナビーチにやえいしました。また、弟とたくさんローラーコースターを乗りました。私の夏休みはおもしろくないでした。けれども、夏休みは楽しいでした。

アダム・シェイドさん

私の夏休み

 この夏休みに、家族と一緒にオレゴン州のポートランド市へ行った。私のお爺さんの第二次世界大戦会がポートランド市にあったので、そこに行くことになった。私の家族がユタ州に住んでいるので、そこから運転し、たくさんの面白い所に止まっていた。
 オレゴン州の沿岸の近くに「The Portland Vortex」という所がある。この所の中には不思議なことが怒る。たとえば、どこかに立ち、隣に立っている人と場所を交換すると、背が高くなるか小さくなる。最初に、「これが本当じゃないかな」と思っていたが、様々な目の錯覚を経験し、納得された。
 行く途中で、たくさんのきれいな浜辺に泊まり、兄弟と遊んでいた。夏でもオレゴン州の海は非常に寒い。足まで海に入ると、足が痛くなり、すぐ出た。
 ついに、ポートランド市に着き、空港の近くのホテルでお爺さんに会った。そしてお爺さんの友達も会い、自己紹介した。
 ポートランド市にいた間、有名な所に行っていた。アメリカには一番大きい日本の庭がポートランド市にあるらしい。庭に行く前に「日本人に会うだろう。もし会ったら日本語が話せるでしょう」と思っていたが、やはり日本人に会わなく、失望した。私は日本に行ったら、ぜったいにアメリカの庭に行かないはずなので日本人がいなかった理由がよく分かった。庭に入ると、日本にいる気が強くする。美しい木や草木がたくさんあったし、枯れ山水もあった。
 あとは飛行機の博物館にも行き、「The Aviator」という映画に出る大きい飛行機を見た。その上、多くの古い飛行機やヘリコプターなどを見ながらツアーガイドが詳しくその飛行機について説明してくれた。そのツアーガイドは、知識豊富な人でも知らないことを教えてくれたので、とても驚いてしまった。一時半ぐらいに近くの映画館へ行き、3−D映画を見た。映画の内容は宇宙や月などへ行くことであった。3−Dめがねを使うことで、映画ではなく本当に経験しているという気がした。その映画を見てから、「いつか宇宙に行きたいなあ」と思った。私にとって宇宙飛行士になり、月に行くのは最高の業績だと思う。
 「あなたの夏休みは楽しかったですか。」と聞かれたら時々答えにくいと思う。やはり夏休みに楽しいことをやったが、つまらないことしか思いつかない。しかし、夏休みについて深く考えると、「夏休みはとても楽しかった」というだろう。

タナタナウィン・リンさん

私の夏休み
   今年の夏休みに私は初めてタイワンに行きました。私は一週間だけたびに行きましたから、エリクという親切な友達の家に泊まりました。エリクさんもパデュー大学生です。タイワンは小さい国そうです。北から南まで、語時くらい運転する出来ました。その国は小さいですが、たくさんの名所があります。そして、毎日ひめもす観光に行きました。
まず、れきしちくに行きました。名前はタオユアン シエン タシ道です。観光きゃくは店を次次に見て回って、たくさん写真を撮りました。その道で、有名な食べ物があります。英語で “Stinky tofu” です。私は “このとうふは強いくさいをはなすなあ”と言いました。その道の近くに公園があります。チアンカイシェクというぜんだいとうりょうのために、この公園を建てるになりました。
あくる日にタイペイ101に行きました。タイペイは101かいがいだてなので、この建物はタイワンの一番高いビルです。エレベーターがあるのに何人かかいだんを上がるできます。私はだんがたくさんあって、とても上がるできませんと思いますが、エリクさん上がりたいらしいです。がんばてと言って、一回のかいだんにさがりました。三十八分の後で、タイペイ101の上に着くりました。足がとてもいたいて、はらがペコなんですが、初志をかんてつです。ビルの中で、たくさん店があります。私はふくが三日間だいじょうぶですから、買い物をたくさんしました。でもエリクさんは私のばい買いました。
タイワンのこくりつはくぶつかんも行きました。その所にタイワンの史をならいました。いせきや、しょがや、そうだんがあります。私はエリクさんとれきしじょう名所を見物しました。とても面白いだとおもいます。
私は動物好きで、じゅういしになりたいから、タイペイ動物もいきました。ざんねんなことに動物園は悪そうです。でも、私は、その時まで、パンダが見たことはなかったです。とてもかわいいですよ。
一晩にシリンのよいちに行きました。このいちは私のタイワンの一番好きな所です。シリンよいちは店がたくさんあります。本や、家電や、服はとても安いです。それで、とてもにぎやかです。食べ物たべものりました。道には約二十の出店がならぶんですが、どの店がいいかまだわかりません。この食べ物にしようかその食べ物にしようかとまよったです。それで、七番店で食べ歩きました。たとえば、タイワンの湯名ならめんとやきとりとおでんといかやきやたべました。私の一番好きな食べ物はタイワンのホットドッグです。パンはこめから作れまして、ソーセージは中国のソーセージににてみあす。ソーセージの上に野菜とソースがあります。ぜんぶ食べなさいました。おいしいそうです。
きゅうかあっというまにすぎです。タイワンはとてもおもいしろいです。

アレックス・スミスさん

私の夏休み
あまり面白い事をしませんでしたから、私の夏休みは詰らなかっいたです。でも、少し変な話があります。八月に新しいアパートに引っ越しました。或る日、私のルームメートは、「僕の友達はここで何日泊まてもいい?」と聞きました。私は「うん、大丈夫だけど、誰?」と聞きました。ルームメートは「お前の知らない人だ。それは問題?」と聞きました。私は「別に。その人はいつ来る?」と聞きました。ルームメートの答えは「知らない。」でした。少し後に私は部屋にいてたら、ドアのノックを聞きました。そして、女の声で「こんばんは」と聞こえました。ルームメートの友達は女性なんて、とてもおどろきました。私は彼女とあいさつしました。女性は「チャンと申します。はじめまして。」と言いました。紹介のすぐ後でチャンさんは寝ました。その時に私はルームメートに「女性なにて初めて聞いた。なぜその事をちゃんと言わなかったんだ?」と聞きました。ルームメートは「お前がたずねなかったから。」と答えました。私はあまり心配しませんでしたから、部屋にもどりました。
次の日に、私のルームメイトは一週間インディアナポリスに行った、私とチャンさん二人にをのこしました。「どうすればいい?」と思いました。その日の晩によく知らない人のチャンさんはアルバイトから帰りました、そして私達は少し遊びました。チャンさんはそのじたいを気にしないように私のアパートに住んでいました。毎朝チャンさんはアルバイトに行った、毎晩アパートに帰ってきました。そして、アパートに着いた時に私はチャンさんと少し遊びました。まるでふつうの生活でした。
チャンさんの着いた日から六日後にチャンさんは自分のアパートに引っ越しました。日の午後に私のルームメートはようやく帰ってきました。私はロームメートに「なぜ私とチャンさん二人だけのこしたの?」と聞きました。「別にたいした事と思わなかったから。」がルームメートの答えでした。
これは夏休みの一つだけ不思議な話です。

アイドン・ウォンさん

私の夏休み  

  私は夏休みの時に、普通New Yorkや中国の家に帰りますが、今年はPurdueで夏のクラスを取ることにしました。毎日授業を取って、宿題をして、けっこう忙しくて、あんまり遊ぶ時間がなかったです。しかし、授業が始まる前、五月に友達に誘われて、シアトルに旅行しました。シアトルに行くのはアメリカに来て初めてです。楽しかったです。
  シアトルと言えば、雨が多いといつも聞きますよね。ですが、私がいた一週間は、ちょっと寒かったけどあんまり雨が降らなくて、よかったと思います。友達のアパートに泊めてもらうことになった。そのアパートは、シアトルで有名なBoat Houseです。アパートは船の上に建てられて、そして船は湾の水にあって、中は小さいですけどとても面白いです。シアトルの海鮮料理もけっこう有名です。レストランでいろいろなサーモンを食べて、確かに美味いと思います。シアトルはなかなか大きい町ですけど、そのdowntownは、木や花がいっぱいあって、そして綺麗で、素晴らしい所だと思います。でも、小さい岡もたくさんあるから、車を運転しにくいです。シアトルに着いた三日目に、友達と一緒にSpace Needleに観光に行きました。Space Needleと言うのは、有名で非常に高い建物です。四十数年前は、アメリカの西部の一番高い建物でした。そのSpace Needleの頂上に行ったら、シアトルの風景がすべて見えるようになるので、かなり特別な経験です。そしてある日、友達に何か食べたいものがありませんかと聞かれて、私は、やはり中国のHotpotを食べたいなあと冗談を言いました。けど、友達は本気で探して、そして結局、シアトルのChinatownに店の発見しました。シアトルでも本物の中華料理を食べられるのはちょっとびっくりしたけど、友達と一緒に楽しく食事をしました。シアトルからPurdueに帰る前に、友達の両親の家に行きました。シアトルから車で一時間ぐらいのBellinghamにあります。その家は、山の森の中に、レークサイドにあって、静くて、綺麗くて、空気もよくて、なんか素晴らしい家だと思います。私もいつかそんな場所に住みたいですね。
  これは私の夏休みです。短いですけど、シアトルに行ったのは本当に楽しかったと思います。

エリック・リゴンさん

私の夏休み

私の夏休み 私はたくさんしました。僕は アルバイト勤務して、プロレスをして、アトランタ行きました。
私は六月から八月まで、アルバイトがありました。僕はエアストチカゴの公園デパートを勤務しました。毎日、僕は用紙を記入しっだり、コピーのようしを建てたり、電話を答えしました。僕の仕事は面白じゃないなあ。毎日、面白じゃないので新聞を読みました。僕の仕事はにくいのでぼくはだれでもの文句を答えしました。多い人が失だった。ぼくはプロレスをしました。はプロレスでテレビを見つたから、プロレスをするようになりました。毎水曜日、訓練に行きました。プロレスの訓練は大変ので百プッシュアップと三百スクワトと百シトーアップと十五分走てしなければいけません.毎月、私達は二つプロレスショーがあります。プロレスショー後で、レストラントたいていいきます。私は一週間、アトランタに行きました。私のあたらし家で泊まりました。そのあいたに私は二十歳を回しました。そのあいたに 私は映画を作りました。私と友達はパロディを作りました。私は生産者、編集者、作家がいます。私達は二つ映画を作りました。わたしも七つ映画を作りました。